前記事「クラウド費用はなぜ把握が難しいか」で触れたとおり、企業や組織が IT 基盤(インフラ)の選定においてパブリッククラウドを検討し、実際に利用する機会が増えるなか、コストに関わる課題も次第に大きくなってきました。
こうした背景から、ファイナンス(財務)と DevOps を合わせた造語である「FinOps(クラウド FinOps)」が注目を集めています。本記事では FinOps(クラウド FinOps)の定義、類似する概念などについて整理します。
後段で説明しますが、FinOps(クラウド FinOps)とは、単発(一回性)のコスト最適化やコスト削減のアクションではなく、この用語の由来のひとつである DevOps と同様に、ビジネスの価値を継続的に向上させることを目的としてクラウドへの支出(投資)に関わるさまざまな社内(組織内)のステークホルダーが協力するための規律や文化に関する概念です。
次章で触れるように、「FinOps」という語は本記事で説明する概念とは異なる意味で従来用いられてきた用語でもあります。そこで、本記事では「FinOps(クラウド FinOps)」と記載することで意味を明確化していますが、一般的には FinOps という単語のみで「クラウド FinOps」のことを意味する機会が増えてきています。
※ なお、この概念に関する最初の書籍であり、FinOps Foundation の創設メンバーでもある J.R. Storment と Mike Fuller による共著のタイトルも “Cloud FinOps”(以下、Storment & Fuller(2019))です。
クラウド FinOps は何ではないか
本記事で取り扱う「FinOps(クラウド FinOps)」の説明に入る前に、この概念が「何ではないか」を先に示しておきます。クラウド FinOps について早く知りたいという方は、この章を読み飛ばして、次章「クラウド FinOps とは」に進んでいただいても問題ありません。
クラウド FinOps は後述するとおりまだ比較的新しい概念で、それゆえ本記事執筆時点(2022年8月)でも、クラウド FinOps に関わりを持つ人の数は世界的にもまだまだ極めて少ないです。しかし、LinkedIn などで「FinOps」をキーワード検索すると、「クラウド FinOps」との関わりは明らかに薄そうなプロフィールが(地域によっては「クラウド FinOps」関係者を凌駕するほど)ヒットします。これは、比較的新しい「クラウド FinOps」概念が生まれる以前から、「FinOps」という用語で異なる特定の活動や製品を呼称してきた人々が存在することを意味しています。
そこで、「クラウド FinOps」が生まれる以前から「FinOps」が意味していた 2つの内容を順に説明します。次章で説明する FinOps(クラウド FinOps)は、これらの 2つとは異なります。
Finance Operations
FinOps という文字列を目にするとき、多くの人がこの用語が「Finance」と「Operations」から成ると推測することと思います。「Finance Operations」を縮めて「FinOps」と呼称する場合があります。
たとえば、米 Amazon はフィリピンのオペレーション拠点(子会社)において「FinOps Manager」という肩書を持つ従業員を多く雇用していますが、この「FinOps」は Finance Operations を省略したものです。この肩書を持つ従業員は、たとえばサプライヤーへの支払い、顧客への請求、社内への財務内容の報告といった日常業務の遂行に責任を持ちますが、これらは本記事で扱う「クラウド FinOps」のスコープからは外れます。
Microsoft Dynamics 365 FinOps
Microsoft Dynamics 365 は、米 Microsoft の提供する基幹業務アプリケーションです。Dynamics 365(D365)は数多くのモジュールを擁し、企業活動におけるさまざまな領域をカバーしています。そのうち、財務と運用アプリケーション(Finance & Operations)の部分が FinOps と呼ばれることがありますが、こちらも本記事で扱う「クラウド FinOps」とは直接関係はありません。
クラウド FinOps とは
本章では、FinOps(クラウド FinOps)の定義やフレームワークについて重要な部分をかいつまんで確認します。本章での説明は FinOps Foundation(F2、後述)の Web サイトや、Storment & Fuller(2019)に依拠しています。
定義
FinOps(クラウド FinOps)を主導している団体 FinOps Foundation(F2、後述)は、FinOps を以下のように定義しています。
FinOps は、いまだ発展の途中段階にあるクラウド財務管理にかかわる規律(discipline)であり、文化的な試み(cultural practice)である。それは、開発・財務・IT・事業の各部門が共同してデータドリブンなクラウド支出を決定をすることによって組織が最大のビジネス価値を得ることを可能にする。(出典:What is FinOps by FinOps Foundation)
また、この FinOps という用語の成り立ちについても、「“Finance” と “DevOps” の 2語を起源とする混成語であり、事業サイドと開発サイドのコミュニケーションやコラボレーションを強調している」と説明され、前章で見たように「“Finance Operations” を省略したものではない」と言い添えられています(同)。
なお、Storment & Fuller (2019) では、著者のひとり J.R. Storment が「FinOps のコンセプトについて初めて語ったのは 2016年にワシントン DC で開催された AWS Public Sector Summit でのことだった」とエピソードを語ります。そこでは、Gene Kim による DevOps の定義
「DevOps」という用語は通常、開発者と IT 運用者が共同して作業する関係が重要であると説く近年のプロフェッショナルたちの傾向であり、それは計画された作業の迅速な進行と同時に、プロダクション環境の信頼性・安定性・回復性・安全性を向上させる結果をもたらす。
に敬意を表しながら、
「FinOps」という用語は通常、DevOps と 財務担当者が共同して作業する関係が重要であると説く近年のプロフェッショナルたちの傾向であり、それは反復的でデータドリブンなインフラ支出の管理と同時に、クラウド環境のコスト効率性と、究極的には収益性を向上させる結果をもたらす。
として FinOps(クラウド FinOps)を定義したと明かす Storment は、重要なポイントはすでにこの 2016年時点の定義に含まれていると語っています(Storment & Fuller, p.6)。
FinOps フレームワーク
F2 の主唱する FinOp フレームワークは、原則・ペルソナ・段階・マチュリティ・習熟度・分野・ケイパビリティからなっています。本節では、とりわけ原則・ペルソナ・段階について少し掘り下げます(出典:FinOps Framework by FinOps Foundation)。
原則(Principles)
FinOps(クラウド FinOps)を実践するための活動を導く原則(principles)は、FinOps Foundation のメンバーによってつくられ、経験を通じて磨かれてきたものです。6つの原則には序列がなく、全体でひとつのものとして理解されるべきだと説明されています。6つの原則は以下のとおりです(参照:FinOps Principles by FinOps Foundation)。
- チーム間でコラボレーションすること
- 全員がクラウドの利用に対してオーナーシップを持つこと
- 集権的なチームが FinOps をドライブすること
- レポートはアクセス可能かつタイムリーであること
- クラウドのもたらすビジネス価値によって意思決定をおこなうこと
- クラウドの変動コストモデルの利点を利用すること
これらを順に見ていくと、6つの原則は不可分なものだということが理解できると思います。
貢献の仕方は違えど、ビジネスの価値を最大化する共通の目的を持つさまざまなチーム(開発・財務・事業部門 など)がそれぞれ責任を持ちながらチーム間連携をするために、中心で音頭を取る「FinOps Team」が必要な情報をすぐに確認できるようなデータ基盤の整備や、意思決定に必要な現状把握・分析やベンチマークをおこなってチーム連携を進めつつ、費用対効果の高いクラウドの利用を実現するということが、この原則では意図されています。
ペルソナ(Personas)
FinOps フレームワークの「ペルソナ」は、組織内でどのような人々が FinOps(クラウド FinOps)という活動に関わるかを示すものです(参照:FinOps Personas by FinOps Foundation)。
Storment & Fuller (2019) では、「誰が FinOps をおこなうのか」という問いに対して、「財務から、オペレーション、開発、アーキテクト、そして経営に至るまで、組織内のありとあらゆる人が担う役割を持っている」と答えています(p.21)。以下の図は、それを模式的に表しています。
中心に「FinOps Team」とある緑の円が、前節「原則」に登場した「集権的なチーム」(centralized team)です。組織内の利害関係からニュートラルな FinOps チームがあることで、客観的なベストプラクティスや推奨事項を共有することができたり、各事業(プロジェクト)が同じ基準でもって管理されていることを担保できるといいます。
なお、後述する認定資格 FinOps Certified Practitioner 試験準備用のコースでは、この FinOps Team は「単独のチーム、もしくは機能横断的な CCoE の一部」で、フルタイムで FinOps に従事する場合も、所属部門での仕事と兼務する形でバーチャルに組織する場合もあると説明されています。組織内の位置づけとしては、FinOps Foundation の発表した「The State of FinOps 2022」レポートや Storment & Fuller (2019) では、通常 CTO や Head of Technology の配下に置かれることが多いとされています。
段階(Phases)
FinOps(クラウド FinOps)のジャーニーは、以下の図に示されるように 3つの反復的な段階(フェーズ)―――「Inform」「Optimize」「Operate」から成っています(参照:FinOps Phases by FinOps Foundation)。
最初の「Inform」の段階は、各チームに対して as-is でいくら/なぜ使っているかを示すことで、費用の配賦(アロケーション)をおこなったり、責任共有を組織内で醸成するためのデータ可視化段階です。
続く「Optimize」の段階でさまざまな費用最適化のための施策が検討・実行されますが、それらは「Operate」の段階で自動化されていくことが推奨されると同時に、組織内でトラックしている数値指標がビジネスゴールにマッチしているかつねに評価され、見直されることで組織内の FinOps(クラウド FinOps)の活動が継続的に改善されていきます。
サイクル(ループ)状に描かれているように、これらの 3つの段階はリニアー(直線的)なものではありません。
類似する概念
クラウド財務管理(CFM)
クラウド財務管理(Cloud Financial Management = CFM)は、FinOps(クラウド FinOps)に極めて似た概念です。AWS は CFM の主要な 4つの領域として
- 測定と説明責任(Measurement and Accountability)
- コスト最適化(Cost Optimization)
- 計画と予測(Planning and Forecasting)
- クラウド財務オペレーション(Cloud Financial Operations)
を挙げていますが、最後のクラウド財務オペレーションがその前 3つのアイテムをサイクルとして回すための人(チーム)・プロセス・ツールを整備して自動化へと向かっていくためのものと考えると、CFM で推奨されているオペレーションは、FinOps(クラウド FinOps)における「Inform → Optimize → Operate」のサイクルと非常に似ていると言えます。
AWS は、この CFM を「ビジネス価値(Business Value)」と並んでクラウドエコノミクス(Cloud Economics)の 2つの主要分野のひとつに位置づけています。かなり大雑把に言うと、クラウドエコノミクスにおいてビジネス価値はクラウドへのマイグレーションと活用によって追求しうるアップサイドや競合優位性に関するもの(そのため TCO などが主要なトピックとなります)で、一方 CFM はクラウドマイグレーション後の ROI を高めることに関するものというように理解することができそうです。
FinOps Foundation(F2)
FinOps Foundation(F2)は、コミュニティや教育、そしてスタンダードを通じてクラウド財務管理の実践者を進歩させることをミッションに掲げている、Linux Foundation 傘下のプログラムです。Linux Foundation 傘下では、Cloud Native Computing Foundation(CNCF)などが並列するプログラムとして存在しています。
F2 は、2019年に米国のツールベンダーとその顧客企業が主体となって設立されましたが、翌年には Linux Foundation の傘下に移動しており、いまではベンダーニュートラルな運営がおこなわれています。FinOps (クラウド FinOps)の実践は実際にクラウドを利用しているユーザー企業・組織でおこなわれていることから、議論やプラクティスの共有はユーザー企業が主役で、ツールベンダーによる議論への参加等には制約が設けられています。
現在、F2 には世界中のあらゆる地域から 7,300名以上の個人メンバーが所属しています。
より深く学ぶためには
オンラインコース
FinOps(クラウド FinOps)を学ぶうえでもっとも基本的な方法は、F2 の提供している認定資格取得のためのコース履修です。コースでは、F2 が定義している FinOps(クラウド FinOps)のありようを学ぶことになりますが、業界内での共通理解のエッセンスをまとめているものだと思えます。なお、入門者向けの認定資格 FinOps Certified Practitioner(FOCP)のコース履修者は、AWS の認定クラウドプラクティショナー水準の知識を有していることが推奨されています。
書籍
書籍では、本記事でも何度か言及していますが、F2 の創設メンバーである J.R. Storment と Mike Fuller による共著 Storment & Fuller (2019) が包括的です(未邦訳)。F2 のコミュニティでは “the FinOps Book” とも呼ばれています。
- Storment, J.R. & Fuller, Mike (2019). Cloud FinOps: Collaborative, real-time cloud financial management. California: O’Reilly.