多くの企業や公的機関・教育機関が、IT 基盤(インフラ)の選定においてパブリック・クラウドを第一の選択肢として検討することがスタンダードになってきました。また、クラウドを導入済みの企業・組織内では、クラウドを用いるプロジェクトや部門が増加することで、社内でのアカウント数や利用額も増加傾向にあります。
Amazon Web Services(AWS)の掲げる「クラウドの 6つのメリット」(リンク)でも、以下のような財務的なメリットを挙げています。
一方で、従量課金型で提供価格も変更されるサービスであることから、多くのユーザー企業・組織においてクラウドの費用把握は課題となっています。
本記事では、ユーザー企業・組織がどのような課題を抱えているかを解説します。
クラウド費用に関する重層的な課題
図1 は、多くの企業・組織が抱えるクラウド費用に関する課題を図示したものです。上から順に見ていきます。
正確な費用把握の難しさ
さまざまな課題のなかで、もっとも身近な課題は「正確な費用把握の難しさ」でしょう。組織内の複数の部門・プロジェクトで、複数のアカウントや複数のクラウドベンダーを用いている場合、クラウドベンダーから送られてくる多くの請求書をまとめ、各部門・プロジェクトごとに正確に利用金額を分けていくことは困難です。この複雑な計算には人的な工数がかかりがちなほか、複雑な計算を人的作業で対処する場合、計算ミスなどのヒューマンエラーも起きやすいです。
多くの企業が頭を悩ませるのはこの課題です。しかし、これは氷山の一角で、その下には「見えない課題」が存在しています。
知識に関するコスト
すぐ下の層にある課題は「知識」に関するものです。なぜ正確な費用把握は難しいのでしょうか? その直接の理由は、クラウドベンダー側の提供方法・価格が複雑であり、しかも頻繁に変更されるためです。
多くの企業・組織では、クラウドの費用把握のために表計算ソフト(Excel や Google Sheet など)を用いています。クラウドの利用額が大きな企業では、内製ツールを開発している場合もあります。いずれの場合でも、クラウドベンダー側で変更が生じた場合にはマクロやシステムも変更する必要があります。つまり、費用把握のために組み上げた仕組みには「メンテナンスコスト」がかかります。
また、そもそも変更点を理解するためには、変更前の正確な理解と、変更された点(変更されたこと自体も含めて)の正確な理解が不可欠である点が問題です。こうした理由から、多くの企業・組織でひとりの「詳しい人」のみがクラウド費用を体系的に理解していることがしばしば見られます。言い換えると、「知識の属人化」が生じていることになります。
このようなメンテナンスコスト・知識の属人化は、合わせて「知識に関する見えにくいコスト」と呼べるでしょう。
クラウド費用に対する受け身の姿勢
「正確な費用把握の難しさ」や「知識に関するコスト」は、さらなる問題に関連しています。それは、クラウド費用に対する受け身の姿勢です。最初に挙げた「正確な費用把握の難しさ」は、すでにかかった費用に関するものでした。かかった費用についても正確に把握するために手間がかかっている状況では、これからかかる費用についてあらかじめ把握することはさらに難しいでしょう。
しかし、クラウドの特徴のひとつは「従量課金」である点でした。従量課金サービスこそ、今月あるいは今四半期でどれくらいの費用に着地しそうかなどを予測して費用をコントロールすることが必要ですが、費用を適時に把握できないことにはそうしたプロアクティブな取り組みもできません。
使いっぱなしのクラウド費用
その結果、クラウド費用はクラウドベンダーから送られてきた請求書をそのまま払うだけの状況に陥ってしまいがちです。クラウドベンダーの提供するさまざまな購入オプションや、費用削減のための施策を講じることによって、クラウドベンダーがアピールしているコストメリットは実現可能ですが、費用の最適化・削減に着手できている企業・組織はけっして多くありません。
組織にとっての課題
最後に、上で挙げた問題点を組織の観点からまとめ直してみましょう。
以下のように「コスト把握・最適化」、「作業負荷」、「コスト意識」の 3つに分類できます。この 3つは「アクション」、「プロセス」、「マインドセット」に対応しているとも言えます。
- 社内・組織内の部門ごと・プロジェクトごとのコストを正確かつ即時的な把握が難しく、コストに関する課題の所在を特定しにくい。
- 正確・即時なコストが把握されていないことで、その先のコスト削減・最適化への打ち手を取れない。
- コスト把握のために、作業にかかる人的コストが大きく、月一回のコスト確認サイクルを回すのがやっと。日次・週次で確認をする工数が割けない。
- コスト集計がシステム化(内製ツール・Excel マクロなど)されている場合も、クラウドベンダー側でのサービス変更・追加などにともなうメンテナンスや、特定のスタッフに依存しなければいけない属人化が発生していることも見えないコスト。
- コストの適時な把握・共有の不在は、利用部門でのコスト意識を醸成しにくい。
- コスト意識の不在は、コスト把握や最適化へのアクションがさらに後回しにしてしまう結果に陥りがち。組織におけるクラウドコストは使いっぱなしの状況に。
- クラウドコストは IT・エンジニア部門に確認しなければ詳細がわかりにくいことから、経理部門からも適切なコストであるのかを確認しにくい。
こうした問題に対処するために、近年では部門横断的なクラウド専任チーム「Cloud Center of Excellence(CCoE)」を組成したり、「クラウド財務管理(CFM)」や「FinOps」などのフレームワークの活用によるベストプラクティスが欧米の先進的な企業では実践され始めています。